「卒業生」カテゴリーアーカイブ

卒業生進路報告(2017年3月卒業生)

2017年3月10日に卒業したアメリカンフットボール部4年生17名。

『アメリカンフットボールという競技を通して社会人として通用する人格を形成する』というチームフィロソフィーのもと、卒業した全17名が民間企業に就職し、 卒業生はそれぞれの道を歩み始めます。

アメリカンフットボールを通じて学んだこと、 そこで得た仲間は、かけがえのない財産です。

みなさんは 4年後、どんな自分になりたいですか?
アメリカンフットボール部で、君の未来を一緒に作りましょう。

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2016年度卒業後のこれから③

日本体育大学 トライアンファントライオン
第58期副将
イグエ ケリー 祥一 【Shoichi Kelly Igwe】 # 44
体育学部 体育学科 競技スポーツ領域 4年生 広島三育学院高校出身

《決断》

日体大入学後は、硬式野球部に所属していた。選手人生が大きく動いたのは、1年生が終わる時だった。

「このままでは1軍では厳しい。アメフトはどうだ?」

信頼していた野球部のコーチから告げられた。野球がやりたくて日体大に入ったが、スタンドで応援する日々が続いた。部員は200人を超え、推薦入学の同期が多く活躍する中、一般入試で入部したケリーにとって1軍で活躍することは至難だった。

実際に結果も出せていない。上手くなりたい気持ちはあったが、モチベーションは低かった。そんな時に、「このままでは1軍では厳しい。アメフトはどうだ?」と告げられたのだ。

不思議と悔しさは込み上げてこなかった。そんな自分を客観的に見て、もう野球をやめた方が良いと決断した。

親元を離れ英語を学ぶために、他県の中高一貫校で野球をしていた。そのときは、自分のプレーする姿を両親に見せることができなかった。
日体大野球部で活躍して、その姿を親に見せたい。その思いが強かった分、決断には時間を要した。しかしアスリートとしてフィールドで活躍したい。アメフトで試合に出てその姿を両親に見せたい。徐々に気持ちは変わって行った。

 

《アメフト選手に》

2年生のシーズンからアメフト部へ入部した。アメフトが好きで入ったわけではない中で、いきなり厳しいトレーニングばかりで気持ちが折れそうになる。同期と過去の出来事を共有できないもどかしさ、一度他の部を退部していることで、周りから気を使われているのも気になった。でも野球から逃げたとは思われたくなかった。自分にとってはチャレンジだったから。

何度か辞めようと思ったこともあった。そんな時、同期が「真面目に頑張ったら専門誌の表紙になれる。」と言ってくれた。当時は意味がよく分からなかったが、「輝きたい」という気持ちで入部したので、そういう声がけが気持ちを前に向かせてくれた。

新しい環境にも徐々に慣れ、もっと上手くなりたいという気持ちが出てくる。春シーズンの試合に出場する機会を得て、フットボールへのモチベーションは高くなっていった。

シーズンオフにはウエイトトレーニングに励み、3年生の春シーズンから全試合スタメンで試合に出場できた。周囲の仲間とも良い関係が築けていた。そして期間限定でポジションリーダーに任命された。その経験が、自分に自信を持たせてくれた。アメフトが面白くなってきた。

 

《リーダーになる》

4年生になり、ディフェンスリーダーに推薦された。まだアメフトを初めて2年。高校からの競技経験者もいる中、なぜ自分が?と感じた。そんな時引退した4年生が「俺はケリーにたくさん救われた。俺はケリーがいいと思うよ」

と言ってくれた。そして決断した。アメフトの知識は経験者ほどないが、ムードメーカーとしてみんなを引っ張ることはできる。自分にできることをやりきろう。知識の部分は任せよう。そう思い、ディフェンスリーダーを引き受ける。

しかし最初は周りを気にしていた。周りを見過ぎていた。自分自身もアメフトを始めて2年。チームに対して言いたいこともあったが、言わないことを選択することもあった。自分に自信が持てなかったから。「自分は学ばなければならないことがたくさんある。リーダーとしてプレーが上手くなければならない。その上でリーダーとしてチームを纏め、引っ張らなければ。」

葛藤を抱えながら過ごす日々が続く。

だがこのままではいけないと感じ、自分の思いを言葉に出し続けた。一つの思いを言葉にする大切さ。一番大事だと思うことを相手に伝えることの重要性を学ぶ。仲間に自分の意志を伝え、ケリーの言葉がディフェンスチームの軸となっていく。それを実感した。

入替え戦となった最終戦に勝利し、リーダーとして最低限の責任は果たせた。

その日、両親の姿がスタンドにあった。フィールドからその姿を、ケリーはどのような気持ちで見上げていたのだろうか。

 

《卒業後の道は…》

関西の強豪実業団チームでプレーする。

チームメイトは、上位校から来た選手ばかり。感じることはひとつ、負けたくないということ。スタメンも日本代表も勝ち取る。新たなフィールドで、勝ち上がる。

同時に、グローバルな企業に入ることで、人として成長できると漠然と考えている。どんな仕事に就くかはまだ分からないが、自分の与えられた役割を遂行し信頼を得る。将来的には海外事業に携わりたいと考えている。ビジネス英語は未熟なので、猛勉強中である。

新社会人として、大きな伸びしろと大望を抱えて旅発つ。一選手として、一社会人として大きな男になって、また会える日を楽しみにしている。

 

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2016年度 卒業生のこれから②

日本体育大学 トライアンファントライオン
重本 健太 【Kenta Shigemoto】 #
体育学部 体育学科 スポーツ教育領域 4年生
神奈川県立岸根高校出身

《そして日体大へ…》
重本は高校時代、「社会科教員」になりたかった。
アメフトをプレーするのは高校まで。
大学でプレーするつもりは無かった。
そのとき、神奈川選抜試合で日体大の監督が声をかけてくれた。
「正直言うと、『自分に?』と思いました。」

自分をプレーヤーとして必要としてくれる大学があることが嬉しかった。それに加えて、重本の父親も日体大でアメフト部に所属していた。
それらが大学フットボールに興味を持つきっかけであった。
教員という道が「社会科」か「体育科」か、どちらなのか。
気持ちが日体大に向くのに時間はかからなかった。

《自分の「役割」とは》
高校時代からクォーターバック。
戦術を考え、それを皆に伝え、遂行する司令塔。
「自ら考えることは特に好き。チームをまとめて、同じ方向を見る組織にすることを心がけていた。」

大学入学後、部員数や技術レベルの高さには驚かされたが、
自分が試合に出ることを最優先に考えて、練習に励んだ。
大学3年次、1学年上の先輩クォーターバックを中心に
チームは動いていた。
当然自分の技術を向上させて、先輩を追い抜こうとしていた。

しかし現実はうまくいくことばかりではない。
「自分には他にチームの勝利に役立てることがあるのではないか」「チームが勝つ為に自分の役割は何なのだろうか」と考え始めた。

大学4年次。チームは2年生クォーターバックを中心に動いていた。
前年から薄々気付いてはいた。
コーチが戦術について相談するのは自分ではなく、その後輩だった。

ラストシーズン。受入れがたい現実に直面した。
しかしチームが勝つ為に、現実を受入れた。
そして自分の役割と、貢献する方法を考えた。
自分が得意なこと。それは考えることだ。
対戦相手の戦術を理解・分析し、それをチームメイトに伝えること。
下級生に戦術やポイントを解説し、
チームをサポートするために自分の役割を遂行した。

残念ながら結果は伴わなかった。
しかし、入替戦でディフェンスは躍動した。
それは重本が相手のオフェンスを研究し、
練習で真似てプレーしたからだ。
対戦相手のコピーオフェンスが、ディフェンスの好調をもたらした。
チームの大事な勝利に貢献したのである。

《大学卒業後は…》
部活動と平行して、自分の今後の生き方も考えていた。
東南アジアを訪れた際、日本で見られない光景を目の当たりにした。
クリスマスの日、銀行の出口でお金を乞うために待ち続ける子ども達。なぜこのようなことが起きているのか、疑問だった。

キーワードは「教育」だと思った。

正しい教育を受けて自立する術を学ぶ必要がある。
教員として、「教育」を、自分の「思い」を伝えることに迷いはなかった。「しかし、1年で多くても40人の子どもにしかそれは伝えられないのではないか。」
「もっと多くの子ども達に影響をもたらす方法はないのか。」
重本は考え始めた。

「経営者」を変える。そのビジョンを持つ会社に就職する。
経営者が変われば、社員が変わる。
社員には家庭がある。その子ども達に伝播する。そう考えた。

《その先に…》
いつか日体大アメフト部に戻り、
そこで学んだ「組織改革」を担って欲しいと思っている。
重本にしかない目線で、正しい組織を創って行く。
いつか一緒に、そんな風に関われる日を楽しみにしている。

組織には様々な役割がある。
与えられるのを待つのではなく、自ら担い、責任を果たしていく。
アメフトにおいて、最も大切なことはチームの勝利だ。
フィールドでプレーすることだけが役割ではない。
スマートなチームになるには、
彼のような存在が必要だと我々は考える。

我こそはと思う、君の入部を待つ。

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2016年度 卒業生のこれから①

日本体育大学 トライアンファントライオン
第58期主将
北詰 修三 【Shuzo Kitadume】 #10
体育学部 体育学科 競技スポーツ領域 4年生 日体荏原高校出身

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「当たり前のことができるチーム」

それが修三が目指したチームだった。
当たり前に行う事はプレーだけではない。
話を聞くときは顔を見る、ドリンクボトルを投げない、集散は素早く。
トレーナーやマネジャーがいて当たり前という考えはやめる。

「当たり前」が、意外とできない。
「当たり前」を、4年生で共有して徹底する。そこからスタートした。

しかし、シーズンが進むにつれて、4年生間に多少の温度差が生まれた。下級生から4年生の統一感の無さを指摘される。
自分にできることは、何度も同じことを言葉し、
そして率先して行動し続けることだった。

しかし自分だけ変われば良いわけではない。
チーム全員が変わらなければ、結果は変わらない。

 

《主将であること》
#10RB北詰01
プレーヤーとして、良いプレーができていない。
チームの結果も出ないとき、自分の信念を疑うようになる。
入替え戦が決まったとき、先輩から連絡があり食事をした。
ありのままの自分を伝えた。すると、

「自分自身の軸を曲げたら負けだぞ。それを言葉に出し続けろ。
何を悩んでいるんだ?決めたことをやり続ければいいだけ。
そこで自分が負けたらチームがぶれるぞ。」

視界が晴れた気がした。何を悩んでいたのかと思うくらいに。

《プレーヤーであること》
#10RB北詰04

初戦8日前に肘を怪我して、自身の目標を見失った。
その状態を引きずって試合に入ってしまった。
今思うと、悪いことを肘のせいにしていた。逃げ道を作っていた。
チーム状態を考慮し、自身のポジションの変更もあった。
チームの為と受入れるものの、消化不良は拭えない。
チームが負けているのは自分が走れていないからだと思い始めた。

そんなとき下級生が「諦めないでください」と言ってくれた。
「修三さんが入ると全然違う」と言ってくれた。

主将としての取り組み、それまでの取り組みを見てくれて、
後輩や仲間が信じてくれていたのだと思う。

そこから迷いがなくなった。

振り返ると、自分が迷い、悩んでいるときに必ず仲間が手を差し伸べてくれた。それが卒業した先輩だったり、後輩だったり、みんなが助けてくれた。
修三の意思や姿勢、行動を見ているから、知っているから引き寄せているのだと思う。
結果にはつながらなかった。しかし決して誤ってはいない。
#10RB北詰05

《卒業後は…》

同じポジションに日本代表を擁する社会人強豪チームでプレーする。
練習に参加した際、プレースタイルの違いに戸惑うものの、
むしろこういう世界があることに嬉しくなった。
「こんなにボールを持っていて良いんだ。」もっと行けると感じた。
今までにない視界と選択肢の多さにワクワクしている。

チームも個人も結果を残すことができなかった。
それを受け入れて、自身の成長のためにプレーできる修三のこれからが楽しみでもある。

結果をチームで残せば、日本代表は近づく。
答えはシンプル。

やるか、やらないか。

#10RB北詰03

 

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2015年度卒業生のこれから③

日本体育大学 トライアンファントライオン
2015年度卒業生 山本 龍太郎【Ryutaro YAMAMOTO】 #6
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《アメフトが好きではなかった》

山本が日本体育大学へ進学したのは
「姉妹校だったし、なんとなく」だった。

高校までは野球をやっていた。
だが大学では部活に所属しようとすら考えていなかった。

入学後、周囲の同級生が部活に入っていて、
日体大生として部活に入らなければと思うようになる。
偶然見つけた高校の先輩に何部が良いか聞いてみると、
大学からアメフトを始めた人の存在を知るようになる。
自分にもできるのではないか?そう思い始めていた。

入部を決めた理由は、
「ヘルメットや防具が格好いいから。」
そんな動機で入部した。

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いざ入部してヘルメット越しでHIT(相手とぶつかること)してみると
予想以上の衝撃で戸惑った。
更にルールもわからない。1年生としての仕事も多い。
辛かった。辞めたいと思っていた。

野球を10数年やったのに、アメフトは1年で辞める。
なぜだろうと考えた。野球は好きだったから辞めなかった。
だがアメフトは好きではない。という自分がいた。

アメフトを好きになろうと試合を無理して見るようにした。
好きな選手を探したり、アメフトを好きになるよう行動してみた。

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たくさん試合を見たことで、山本に変化が起きた。
上手くプレーしている自分がイメージできるようになり、
2年生になったときには、今までできなかった動きが
徐々にできるようになった。面白くなってきた。

2年生から試合への出場機会を得られるようになり、
3年時にはキックカバーリーダー、
4年の時はポジションリーダーになる。

「練習は毎日同じことをするというイメージだが、
ただやるのだけでなく、1つ1つの練習で意識するポイントを伝えて、
より良い練習ができるように心がけていた。」

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しばらくすると、アメフト未経験の後輩が入部してくるようになる。
山本は、自身の入部当時を思い出して後輩の指導に当たる。
「推薦入学組(アメフト経験者)からは専門用語が次々出てきて、
よく分からなかった。
自分はわかりやすい言葉を使って説明をするように心がけた。」

自分も競技未経験という立場からスタートし、
競技未経験の先輩から教わった経験が活きた瞬間だった。

 

《自分が上手くなることより、チームが勝つために》
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「3年生までは自分が上手くなるためにやっていた気がする。
自分が活躍できればいいと思っていた。4年になると、意識が変わる。
チームが勝つために考えて発言したり、
チームを勝たせるプレーを意識するようになった。」

3年時に務めたキックカバーリーダー。
自分以外の人間をマネジメントする難しさを学んだ。
メンバーがちゃんと動いてくれるか?メンバーは揃っているか?
自分のプレー以外の不安を感じるようになった。

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最終学年、自分が思い描いていた活躍はできなかった。
トライアウトを経て4月からはXリーグ(社会人リーグ)の強豪
オービックシーガルズの門を叩く。

自分と同じポジションから日本代表を一番多く輩出しているチーム。
その環境で自分を試す。

もっと上手くなりたい。

学生時代、日本一のチームでプレーしたことがない。
レベルの高い環境でプレーしてみたい。
まだロースターに残れる保証はない。
だが山本の勝負は既に始まっている。

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《後輩へ》

「リーダーを経験したこと、試合に出たこと、
怪我をしなかったことが上手くなる近道だった。
練習以外の時間でアメフトを好きになる。
ストレッチをしたり、食事やトレーニングの時間といった日常を、
どれだけアメフトに注げるかが大事だと思う。」

全てを犠牲にしてでも、今しかできないことに注力する。

もう一度大学に入ってもアメフトをやりたい。今ではそう思っている。

 

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2015年度卒業生のこれから②

日本体育大学 トライアンファントライオン
2015年度副将 中根 哲哉 【Tetsuya NAKANE】 #80
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《競い合う環境を求めて》

体育教師を目指して、日本体育大学へ入学。

高校まで陸上競技部に所属し投擲に打ち込む。
試合に勝った時は嬉しいけれども、個人競技なので
喜びを誰かと共有する機会は少なかった。

陸上競技部は人数が少なかったので競う相手がおらず、
ひとりで黙々と練習をしていた。
他の部活を見ていて、練習中から競い合う、
互いに高め合うという環境に憧れていた。
「勝った時にみんなで喜べる」そういう環境を求めていた。

高校時代にラグビーを少しやったことがある。
人数が足りない時に助っ人で練習試合に出たこともある。
これをきっかけに「大学に入ったらラグビーかアメフトをやってみたい」そう思うようになる。
そしてアメフトの動画を見て「カッコイイ!!」と思って入部を決めた。

入学と同時に自らグラウンドに向かい、その場で入部した。

WR(ワイドレシーバー)という、
走りながらボールをキャッチするポジションを希望する。

同じポジションにライバルがいた。
既に推薦入学で入部したアメフト経験者もいた。
だが感じていたのは、
絶対に負けたくない。という事だった。

アメフト未経験の同期と
「推薦入学組よりも上手くなろう」
と誓い合った。しかし現実では、簡単に試合には出場できなかった。
「悔しい」「自分も活躍したい」
そういう感情が溢れている自分に気づく。

 

《リーダーとして》

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最終学年、オフェンスリーダーとなる。
3年までは役職に就いたことはなかった。
正直な所、確かに不安はあった。
しかしコーチから「自分にできることを一生懸命やるんだ」と言われた。

自分にできること。
チームの雰囲気を作る、練習で手を抜かない、声を出し続ける。
できることをやろうと決めた。

3年生までは自分のことを考えていた。
だけどリーダーになって周りに目を向けたら、
今まで見えなかったものが見えた。
リーダーになって人前で話せるようになった。
そんな機会や経験は、今まで無かった。
そして何十人という人間をまとめる難しさを体感した。

後輩からはコミュニケーションが取りやすいと言われていた。
それが自分の特徴だと思った。
後輩の意見も吸い上げ、みんなが発言しやすい環境作りも心がけた。

しかし、中根は今こう感じている。
「今振り返るとみんなの意見を尊重しすぎた。
周りを気にしすぎた。なぜか?嫌われたくなかったのだと思う。
もっと自分の意見を言えばよかった。
自分の思っていることは発信する。発信しなかったことを後悔している。たとえ間違っていても、チームを良くするためのヒントになるはず。」

 

《1play at a time》

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「1play at a time」
いつもオフェンスのスローガンを口に出し続けた。
勝っても負けても泣いていた。
持てる全てを出し切ったから自然と泣けたはず。
「後輩にはその気持ちを常に持ち続けて欲しい。」

最終学年、QB(ボールを投げるポジション)の同期が言った。
「中根を信じている。」
自分しか見ていない、自分を信じて投げ続けてくれた。

それが嬉しかった。

卒業後は、地元広島に帰って、非常勤講師をしながら教員を目指す。25歳までに教員になる。
アメフトで経験できたこと、学んだことを子供達に伝えていきたい。
今、広島にはアメフト部がある高校が2校しかない。
いつか地元で自分がアメフト部を創設する。

広島にアメフト部のある高校が3校目になる日は、そう遠くない。

 

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2015年度卒業生のこれから①

日本体育大学 トライアンファントライオン
2015年度主将 伊田 拳斗 【Kento IDA】 #2
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《チームを作る》

上級生、下級生関係なく意見をぶつけられる環境を作る。
そう決めてチームを作ってきた。それはできたと思う。
しかし成績は大きく変えることができなかった。
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「言葉で上手く伝えられるタイプではなかった」
「周りから見たら物足りなさがあったのか。」
自分はフィールドでしか自分を表現できないと思っていた伊田は、
ひとつひとつのプレーを「必ず」全力でやるということを決めた。
言葉にすることが苦手な分、姿勢で示さなければと考えた。
その姿勢を見て付いて行くという後輩もいた。それが嬉しかった。

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そして練習中に、互いの目標を言い合うようにした。
言ったからにはやらなければならない。
それを強く意識できた。
口に出さないと、自分に甘えが出る。
言葉にすることで、行動が変わる。

 

《2015シーズンを振り返って》

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プレーヤーとして、納得できるシーズンではなかった。
チームを勝たせるプレーができなかった。
だから全てを出し切ったとは言えない。

今後はXリーグの強豪「ノジマ相模原RISE」でプレーする。
「既に練習に参加したが、『スピードの差』を感じている。」
春に結果を出さなければ選手として登録されない。
秋は必ずローテーションに入って試合に出る。
今度こそチームを勝たせる。

 

《4年間で得たものは》

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最上級生は考えることが多く、想像以上に大変だった。
「4年生全員がキャプテンのつもりで」というのが
同期の中での約束だった。
思っていることを本音でぶつけ合うことで、チームを作ってきた。

「この仲間は一生モノだと思う。」

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この「チーム」で、君は4年後に何を得るのか。

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卒業生進路報告

2016年3月10日に卒業したアメリカンフットボール部4年生16名。
(※上部写真は、卒業式にて撮影)

『アメリカンフットボールという競技を通して社会人として通用する人格を形成する』というチームフィロソフィーのもと、
14名が民間企業に就職します。
また1名が公務員、1名が非常勤講師と、
卒業生はそれぞれの道を歩み始めます。

H27年度卒業生進路

アメリカンフットボールを通じて学んだこと、
そこで得た仲間は、かけがえのない財産です。

4月から新生活が始まる新入生の皆さん。
4年後のどんな自分を写真に残したいですか?

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卒業生のこれから③

2014年度卒業生  永野 翔也 【Syouya NAGANO】 #17

2013021[1]

未経験で入部し、2年時にはU-19日本代表(19歳以下日本代表)に選出される。類稀な運動能力を発揮し2年時からスターター。4年時にはポジションリーダーを務めた。

輝かしい選手としての成績とともに、自身の夢も実現した。

高校球児だった永野は高校の監督に勧められてアメフトに興味を持った。周りにアメフト部はなくいろいろと調べていくと、日体大アメフト部は競技未経験でも始められる事を知り、直感的にやりたいと思った。たまたま監督と日体大アメフト部のコーチがつながっていて、推薦の話をいただく。

これも縁なのだろうか。

父も日体大に進み陸上部に所属。しかし本当はアメフトをやりたかったことを聞く。陸上の推薦で入学した以上、他の部に入ることはできなかった。

偶然にも監督の一声で父親が進みたかった道へ進むことになる。

 

そして高校を卒業したときから公務員になりたいという気持ちが芽生えていた。

父親が警察官であったことも少なからず影響があった。

日体大を卒業後、公務員になることを漠然と描きながら、アメフトに没頭していく。

 

3年生の夏、ひとつ上の先輩の池川が警察官の試験に合格した。
(写真#4 池川)
池川 (3)

自分も同じ道を歩みたい。しかしシーズンがこれから始まろうとしているタイミングで勉強に割く時間を上手く作れないでいた。焦りだけが膨らんでいった。

池川も3年のシーズン後から準備を始めた。自分もできる。そう思い込んだ。

池川からもらった参考書は永野が背番号を譲り受けた、3つ上の先輩、ナミトさん(現在消防士)から受け継がれたものだった。

 

大学の学生支援センターの職員の指導を受けたり、池川から勉強方法を教わりながら少しずつ受け継いだ参考書をベースに勉強する時間を作り見事現役で合格する。

父と同じ警察官の道に進む。

 

「面接ではアメフトをしていたことでチームワーク、協調性を自分の体験から話すことができた。試合など大舞台を経験しているから、それに比べると緊張はしなかった。

日本一は成し得なかったが、やり抜いていること、どんな状況でも打開して諦めない。這い上がる。そういうポイントは伝えたし、届いたかと思う。」

 

受け継がれてきた参考書は誰の手に渡るのか。

 

それはあなたかもしれない。

AJ9K5713

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卒業生のこれから②

2014年度卒業生  田中 大智 【Daichi TANAKA】 #34

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体育の教員になりたいと思って日体大に入った。母校のアメフト部からは初めて日体大のアメフト部に入ることになった。母校の先生が日体大の出身で、その先生の熱い言葉の影響が強い。

 

しかし、1年目は部活で精一杯で自分の将来のことを考える余裕がなかった。

2年生になって改めて体育の教員を考え始めた時にある人の
「教師になるのではなく、教師という生き方を選べ」という言葉が突き刺さった。

その言葉は当時の自分にはとても重かった。

振り返るとそのときは部活を指導したいだけで、自分の生き方や子供の人生に関わることに覚悟を持てず、中途半端な気持ちだったことに気づく。

やりたかったのは先生ではなくコーチだったのではないか?と思い直す。

もやもやした気持ちを持ちながら、その思いを打ち消すようにアメフトにのめり込んだ。

3年生になるとキックカバーのリーダーを任される。

それまでは言われたことをただこなすだけだったが、リーダーに任命されることで責任・使命感をもって練習、試合に望むようになった。自分の判断がチームの勝敗を左右する。チームを動かす一躍を担っているという実感を持てる喜びは、今まで感じたことがなかった。

 

4年生が引退して、また自分の将来を不安に思うようになる。

周りと同じように就職活動を始め、知っている企業の情報を収集する。自分は何がしたいのか?分からないまま目の前にある説明会に参加する日々が続く。

しかし就活を通じていろいろな企業の話を聞いて、少しずつ見えてきたことがある。

 

『自分がやるという仕事になったときに、誇れる仕事に就きたい。自分の仕事の魅力を他の人に自信を持って伝えられる、そういう仕事をしたい。』

 

軸が定まってから就活は進んだ。

 

知らない企業でもその商品に誇りを持っている企業であれば、興味を持ち、エントリーした。

 

そんな中、真珠を加工、販売する会社に出会う。説明会では社員の話す姿勢から思いが伝わってきた。自社の製品が好きだ、紹介したい、本物を伝えたいという思いが。そして海外での評価が高く、日本の企業なのに海外で認められていることを知る。

4月の終わりに1社内定をもらい、教育実習を挟んで6月の中旬に合わせて3社の内定を得て最終的にこの会社に決めた。

アメフト部では就職活動を優先させてくれた。

チームのリーダーとして、4年生として、選手として焦りや不安もあった。

「チームメイトに迷惑をかけていないか?」

本当に必要でいきたいと思える企業以外には行かない。一度に多くの情報を得られる合同就職説明会などに参加し、効率良く就職活動を行った。

今後の自分の人生だから、ここと決めた選考には自分なりに覚悟を持って臨んだ。

 

練習も就活も全力。そのおかげか、結果的に就職活動をとやかく言う者もいなかった。

 

アメフトで学んだことが就活でどう生きたかを聞いてみた。

「2つある。ひとつは人として当たり前のことが身につけたこと。1年生の時に厳しく指導してくれた先輩に今では感謝している。

時間に遅れない、挨拶、言葉遣い、気配りなど高校のとき以上に叩き込まれ、今では当たり前にできるようになった。

もうひとつはリーダシップを学べた。リーダーを任せられたことで、自分の中でも責任感、使命感が芽生えた。人前で話すことも多く、どうやったら皆に伝わるかも考えた。」

社会に出て、クラブチームでアメフトを続けることも考えている。

常に目標を持って全力で取り組む大智であり続けて欲しい。

そして、彼の背中を追う後輩が続くことが楽しみでもある。
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