「卒業生」カテゴリーアーカイブ

2017年度 卒業生のこれから③

日本体育大学 トライアンファントライオン
第59期
関根 佑 【Yu SEKINE】 #12

体育学部 社会体育学科 スポーツマネジメント領域 4年生 埼玉栄高校出身

〈飽くなき成長を求めて〉

指定校推薦で日体大へ進学した。大学でもサッカーを続けるか迷っていた。しかし、なんとなくサッカーを続けたとして、4年後成長している自分の姿が全くイメージできなかった。

高校で様々な競技のトップアスリートと出会っていた。彼らに負けない何かを得たい。そんな思いから日体大では新しい競技を始めようと考え始めた。

高校にはアメリカンフットボール部があった。アメフトのボールを蹴らせてもらう機会があったが、そのボールは想像以上に遠い彼方へ飛んでいった。

「できるよ」

周囲の後押しもあり、アメリカンフットボール挑戦が選択肢に入った。入学の際、日体大HPで部活・サークルの情報を見ていた。その中でアメフト部の勧誘ページから、同じ高校の先輩がキッカーというポジションで高いレベルでプレーしている記事を見つけた。

入学後、迷わずアメフト部に足を運んだ。

フットボールにはたくさんのポジションがある。どのポジションが向いているかも分からない中、決して大きくはない体格でできるポジションに挑戦した。その中に高校までフットボール未経験ながらU19に選出されていた4年生がいた。その先輩の取り組み姿勢に大きな影響を受けた。

同時にキッカーというポジションも兼任した。前年度活躍した同じ高校の先輩が卒業し、そのポジションの穴を埋めることになる。キッカーは、常駐でコーチングしてくれる人はいなかった。

自ら学外に教えを乞い、先輩経由でいろいろな人と出会い、学び、求め、吸収していった。もともと自ら率先して動くタイプではないと自覚していた。しかしそうも言っていられない。責任が与えられ、誰も助けることができないポジション。やるしかない。逃げ道がなくなった。

1年生の時はただボールを蹴っているだけだった。しかし様々なキッカーと知り合ううちに自分の中に情報と技術が蓄積された。さらに同じリーグ内のキッカーとの出会いで「負けたくない」というライバル心が芽生えた。ライバルは他チームの上級生。

「2年生の時は早稲田の佐藤さん、中大の市森さんから練習方法を学び、彼らを常に意識していた。」

<己に克つ>

普段の練習は常に自分との戦いだった。彼ら以上の取り組みが自分はできているのか?常に自分に突きつけていた。誰もマネジメントしない中、いくらでも妥協はできる。しかし自分で自分を律し、想像で他チームのライバルを思い描きながら日々の練習に取り組んだ。その姿勢は周りから一目置かれる存在へとなっていく。

 

<個人からチームへ>

4年になって目標を見失った。目指していた他チームの優秀なキッカーが卒業して行く。またボールを出して、置いて、蹴るという流れの中で、全てのコンビネーション、タイミングをゼロから作ることにも苦戦した。

助けてくれたのはチームメイトだった。今まで視点は個人に向いていた。どうやったら上手くなれるか、ライバルに負けないかを常に考えていた。しかし4年生になり個人よりチームの存在の方が大きくなった。同期のこのチームを勝たせたいという「本気」に触れて、自分も変わらなければならない。このメンバーで一緒に勝ちたいという視点に変化して行った。

 

〈成長〉

4年間を通じて、チームの外に出ざるを得ない状況に追い込まれ、自分の居心地の良い場所から出たこと。そこで自ら学び、自分から行動を起こすことの大切さを学んだ。ライバルの存在や、ライバルに勝つために自分に克つこと。その継続で毎日ができていることに気づいた。そんな毎日を過ごして、考えることが「自分」から「チーム」の勝利へと変化していった。

世界で戦う、高校時代の同級生の情報が入ってくる。直接は会わないが、互いに高め合い刺激し合える環境は常にあった。彼らに負けたくない。

そんな環境が、関根を成長させた。入学前の自分が今の自分を想像できただろうか。関東学生アメリカンフットボール連盟リーグ戦のFG(フィールドゴール)通算成功記録を更新。その名を残した。

自分の殻を破れ。外に出ろ!その勇気を持て。踏み出せ。そこに自分を成長させる何かが必ずある。

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2017年度 卒業生のこれから②

日本体育大学 トライアンファントライオン
第59期副将

ビスカルド一路 【Itiro VIZCARDO】 #58
体育学部 体育学科 スポーツ教育領域 4年生 大阪産業大学附属高校出身

 

〈日体大へ進学、高校との違い〉
高校の恩師が日体大の出身だった。恩師から「日体大で人間性やチャレンジする心を鍛えられた。」と聞いていたこと、保健体育教員免許取得が目標だったことから日体大に進学した。

高校まではチームについて行けば結果が出る環境だった。自分がぼーっとしていても勝てるチームだった。だから自分で考えて行動することが少なかった。

しかし大学は自分で考えなければならない環境だった。日々の行動や選択がひとりひとりの意思に委ねられていた。それに慣れることが難しかった。その環境で勝つことがさらに難しい。考える習慣が今まで無かったことから適応するのが大変だったが、得るものは大きかった。

<発信するということ>
各学年で学年ミーティングが行われる。その中で発信する者と、聴く者がいつも決まっていた。最初は聴く側で、自分の意見を言うことをしなかった。正確に言うと自分の考えがまとまっていなかったので、その状況で発信して否定されるのが怖かった。このままではダメだと思い、考えがまとまっていなくても発信するようにした。

「否定されて凹むこともあったし、言い負かされて悔しい思いもした。それでも自分の意見を発することを心がけた。」

すると徐々に自分の伝えたいことがまとめられるようになってくる。周りを気にせずに発信することができるようになる。上手に伝えることができないから発信しなかった、という理由もあるが、自分の取り組みに自信が持てなかったから発信しづらかったという理由もある。

「今では就職活動でも周りに関係なく、自分が感じたことは発信できるようになった。」

フットボールを通して学んだことが、人生の選択の場面で活かされた瞬間だった。

<自分の考え方とチーム>
2年時、ディフェンスからオフェンスにポジションが変更になる。当初は受け入れ難かったが、自分の気持ちよりもチームを優先させた。

「ディフェンスの動きを理解していたので、ただアサイメントを遂行するだけでなく、相手の動きを想定して、自分なりに考えてプレーすることを心がけた。」

それが面白かった。また相手の動きや、周囲の仲間の動きを理解することで、さらに思い切ったプレーができることを知った。自分がフィールドで楽しむためには思いっきりプレーできる状況を自分で創ることが大切だと気づいた。

3年時、ディフェンスに戻る。ディフェンスのコーチは起こったミスに対して、選手にそのときの意図や考えを聞くアプローチをしてくれた。自分なりに考え、チャレンジしたミスは責めることはしなかった。むしろ何も考えずに起こしたミスに関しては厳しかった。そういうアプローチの中で常に考える癖がついた。

<リーダーとして、考えること>
考えることの大切さや、楽しさを身につけた。リーダーとしてメンバーには同じように自分で考えることを楽しめるようになって欲しいと考えていた。自分から縛ることはあえてしなかった。選択を本人に委ねることを意識した。しかしそれを都合良く捉えた選手も少なくなかった。ミスに対してどう改善するかを考えさせたが、同じミスが減らなかった。理想と現実のギャップに苦しんだ。

4年の春、オープン戦の1試合。コーチが一切関わらず選手だけで全て考えて、試合も選手だけの判断で臨むことになった。コーチが関わらない中で、自分がミーティングを進行し、皆をまとめ、そして必死に戦った。その結果、完封勝利を収めた。嬉しかった。発信する自信がついた。どこかでコーチに頼っていたことにも気づいた。

今、振り返ると前に出る癖がついた。様子見するようなことが少なくなり、反応が速くなった。練習でもまず自分が行く。最初に行くとチャンスが増える。最初に行くことで自分自身が攻める姿勢になる、自分を奮い立たせることを意識していた。機会は全員に同じ数だけあった。それを掴んでいたら、いつのまにかそういう習慣がついていた。

「社会人でもプレーを続ける。レベルの高い環境の中で、自分で考えプレーすることを楽しみたい。」

社会に通じる人格形成をチーム理念に掲げる中、ビスのような成長と変化は嬉しく思う。しかしそれはビス自身がこの4年間チャレンジし続けた結果であり、自分で引き寄せた結果なのである。

チャレンジするあなたを、我々は待っています。

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2017年度 卒業生のこれから①

日本体育大学 トライアンファントライオン
第59期主将

松本海大 【Mio MATSUMOTO】#13
体育学部 体育学科 スポーツ教育領域 4年生 千葉日本大学第一高校出身

ちょうど1年前、学年ミーティングで自ら主将になると手を挙げた。勝てるチーム。結果を残せるチーム。「関東一」という目標を掲げ、チームはスタートした。

<リーダーシップとは何か考える>
シーズン当初は久しぶりのフットボール練習で、メンバーからやる気が感じられた。しかし数カ月が立つと自分の発信する言葉が伝わらなくなってくることを感じる。
練習は、必ず自分の言葉から始まる。チーム全員の前に立つとわかったことがあった。前方にいるメンバーの目はやる気に満ちているが、端や後ろにいるメンバーからは感じられなかった。

自分だけでなく、各ポジション、ユニットでリーダーは思いを発信し続けていた。しかしそれを伝播する、端や後ろにいる選手を引き上げることができていなかった。
下級生の立場に立って考えて行動できたら。手を差し伸べるアクションができたら。考えていなくはなかったが、結果的にそれができてなかった。

「チームを引っ張る、厳しさを持つ、緊張感、危機感をもっとチームに浸透させる、ということができなかったと感じている。取り組みが甘かった、足りなかった。」

<主語が「自分」から「チーム」へ変わることへの戸惑い>
3年生までは主語が「自分」で、自分がどうしたいのか?どうしたら自分が相手に勝てるのかを考えていた。しかし4年生になり主語が突然「チーム」になった。常にチームがどうあるべきか、チームを勝たせるにはどうたらよいかと考えるようになる。そこに戸惑いがあった。

仮に、もう一度チームを作るとしたら、全員がリーダー、全員がキャプテンというチームにしたい。4年生や、任命されたリーダーが引っ張ろうとしても、チーム全員が同じ方向を向かなければ意味がないことを知ったから。

「どうしたら勝てるんだろう。」
引退後も仲間と話すこともある。今思うことは、チャンスは平等にあるということ。そのチャンスを掴めるチームになって欲しい。結果が出なかった悔しさは大きい。シーズンの勝利につながらなかったことが悔いに残る。でも少しだけほっとした部分もある。入替戦で勝てたことで最低限の役割は遂行できたのではないかと。

「どうしたら勝てるんだろう。」
この宿題は後輩が引き継ぐと思う。4年生や任命されたリーダーだけがリーダーシップを発揮するのではなく、全員がチームをどうしたいのかを考え、発信・行動できる「全員リーダー」のチームへと変えてくれるだろう。

リーダーとしてのミオは自分のできること、持てる力を出し切ったと感じている。プレーヤーとしてのミオはどうだろうか?社会人としてその続きが用意されている今、次のステージで成長したミオとの出会いを楽しみにしている。

 

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2018.3.10卒業式

2018年3月10日、卒業式が執り行われます。
今年度、トライアンファントライオンから20名が卒業します。

16名が民間企業に就職し、そのうち4名が実業団チームへ。
残る4名も、自身の未来へ向けた準備を着々と進めています。
大学で学んだことを、社会というフィールドで存分に発揮してくれるでしょう。

また弊部では卒業後の進路選択に関わる支援も行っています。
→→TL_PICKUP
チームフィロソフィーに掲げている「社会人で通用する人格を形成する」という理念。
新入生のみなさんも、我々と4年後の自分をつくりあげませんか?

挑戦しようとする熱いあなたを、我々は待っています。

 

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卒業生進路報告(2017年3月卒業生)

2017年3月10日に卒業したアメリカンフットボール部4年生17名。

『アメリカンフットボールという競技を通して社会人として通用する人格を形成する』というチームフィロソフィーのもと、卒業した全17名が民間企業に就職し、 卒業生はそれぞれの道を歩み始めます。

アメリカンフットボールを通じて学んだこと、 そこで得た仲間は、かけがえのない財産です。

みなさんは 4年後、どんな自分になりたいですか?
アメリカンフットボール部で、君の未来を一緒に作りましょう。

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2016年度卒業後のこれから③

日本体育大学 トライアンファントライオン
第58期副将
イグエ ケリー 祥一 【Shoichi Kelly Igwe】 # 44
体育学部 体育学科 競技スポーツ領域 4年生 広島三育学院高校出身

《決断》

日体大入学後は、硬式野球部に所属していた。選手人生が大きく動いたのは、1年生が終わる時だった。

「このままでは1軍では厳しい。アメフトはどうだ?」

信頼していた野球部のコーチから告げられた。野球がやりたくて日体大に入ったが、スタンドで応援する日々が続いた。部員は200人を超え、推薦入学の同期が多く活躍する中、一般入試で入部したケリーにとって1軍で活躍することは至難だった。

実際に結果も出せていない。上手くなりたい気持ちはあったが、モチベーションは低かった。そんな時に、「このままでは1軍では厳しい。アメフトはどうだ?」と告げられたのだ。

不思議と悔しさは込み上げてこなかった。そんな自分を客観的に見て、もう野球をやめた方が良いと決断した。

親元を離れ英語を学ぶために、他県の中高一貫校で野球をしていた。そのときは、自分のプレーする姿を両親に見せることができなかった。
日体大野球部で活躍して、その姿を親に見せたい。その思いが強かった分、決断には時間を要した。しかしアスリートとしてフィールドで活躍したい。アメフトで試合に出てその姿を両親に見せたい。徐々に気持ちは変わって行った。

 

《アメフト選手に》

2年生のシーズンからアメフト部へ入部した。アメフトが好きで入ったわけではない中で、いきなり厳しいトレーニングばかりで気持ちが折れそうになる。同期と過去の出来事を共有できないもどかしさ、一度他の部を退部していることで、周りから気を使われているのも気になった。でも野球から逃げたとは思われたくなかった。自分にとってはチャレンジだったから。

何度か辞めようと思ったこともあった。そんな時、同期が「真面目に頑張ったら専門誌の表紙になれる。」と言ってくれた。当時は意味がよく分からなかったが、「輝きたい」という気持ちで入部したので、そういう声がけが気持ちを前に向かせてくれた。

新しい環境にも徐々に慣れ、もっと上手くなりたいという気持ちが出てくる。春シーズンの試合に出場する機会を得て、フットボールへのモチベーションは高くなっていった。

シーズンオフにはウエイトトレーニングに励み、3年生の春シーズンから全試合スタメンで試合に出場できた。周囲の仲間とも良い関係が築けていた。そして期間限定でポジションリーダーに任命された。その経験が、自分に自信を持たせてくれた。アメフトが面白くなってきた。

 

《リーダーになる》

4年生になり、ディフェンスリーダーに推薦された。まだアメフトを初めて2年。高校からの競技経験者もいる中、なぜ自分が?と感じた。そんな時引退した4年生が「俺はケリーにたくさん救われた。俺はケリーがいいと思うよ」

と言ってくれた。そして決断した。アメフトの知識は経験者ほどないが、ムードメーカーとしてみんなを引っ張ることはできる。自分にできることをやりきろう。知識の部分は任せよう。そう思い、ディフェンスリーダーを引き受ける。

しかし最初は周りを気にしていた。周りを見過ぎていた。自分自身もアメフトを始めて2年。チームに対して言いたいこともあったが、言わないことを選択することもあった。自分に自信が持てなかったから。「自分は学ばなければならないことがたくさんある。リーダーとしてプレーが上手くなければならない。その上でリーダーとしてチームを纏め、引っ張らなければ。」

葛藤を抱えながら過ごす日々が続く。

だがこのままではいけないと感じ、自分の思いを言葉に出し続けた。一つの思いを言葉にする大切さ。一番大事だと思うことを相手に伝えることの重要性を学ぶ。仲間に自分の意志を伝え、ケリーの言葉がディフェンスチームの軸となっていく。それを実感した。

入替え戦となった最終戦に勝利し、リーダーとして最低限の責任は果たせた。

その日、両親の姿がスタンドにあった。フィールドからその姿を、ケリーはどのような気持ちで見上げていたのだろうか。

 

《卒業後の道は…》

関西の強豪実業団チームでプレーする。

チームメイトは、上位校から来た選手ばかり。感じることはひとつ、負けたくないということ。スタメンも日本代表も勝ち取る。新たなフィールドで、勝ち上がる。

同時に、グローバルな企業に入ることで、人として成長できると漠然と考えている。どんな仕事に就くかはまだ分からないが、自分の与えられた役割を遂行し信頼を得る。将来的には海外事業に携わりたいと考えている。ビジネス英語は未熟なので、猛勉強中である。

新社会人として、大きな伸びしろと大望を抱えて旅発つ。一選手として、一社会人として大きな男になって、また会える日を楽しみにしている。

 

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2016年度 卒業生のこれから②

日本体育大学 トライアンファントライオン
重本 健太 【Kenta Shigemoto】 #
体育学部 体育学科 スポーツ教育領域 4年生
神奈川県立岸根高校出身

《そして日体大へ…》
重本は高校時代、「社会科教員」になりたかった。
アメフトをプレーするのは高校まで。
大学でプレーするつもりは無かった。
そのとき、神奈川選抜試合で日体大の監督が声をかけてくれた。
「正直言うと、『自分に?』と思いました。」

自分をプレーヤーとして必要としてくれる大学があることが嬉しかった。それに加えて、重本の父親も日体大でアメフト部に所属していた。
それらが大学フットボールに興味を持つきっかけであった。
教員という道が「社会科」か「体育科」か、どちらなのか。
気持ちが日体大に向くのに時間はかからなかった。

《自分の「役割」とは》
高校時代からクォーターバック。
戦術を考え、それを皆に伝え、遂行する司令塔。
「自ら考えることは特に好き。チームをまとめて、同じ方向を見る組織にすることを心がけていた。」

大学入学後、部員数や技術レベルの高さには驚かされたが、
自分が試合に出ることを最優先に考えて、練習に励んだ。
大学3年次、1学年上の先輩クォーターバックを中心に
チームは動いていた。
当然自分の技術を向上させて、先輩を追い抜こうとしていた。

しかし現実はうまくいくことばかりではない。
「自分には他にチームの勝利に役立てることがあるのではないか」「チームが勝つ為に自分の役割は何なのだろうか」と考え始めた。

大学4年次。チームは2年生クォーターバックを中心に動いていた。
前年から薄々気付いてはいた。
コーチが戦術について相談するのは自分ではなく、その後輩だった。

ラストシーズン。受入れがたい現実に直面した。
しかしチームが勝つ為に、現実を受入れた。
そして自分の役割と、貢献する方法を考えた。
自分が得意なこと。それは考えることだ。
対戦相手の戦術を理解・分析し、それをチームメイトに伝えること。
下級生に戦術やポイントを解説し、
チームをサポートするために自分の役割を遂行した。

残念ながら結果は伴わなかった。
しかし、入替戦でディフェンスは躍動した。
それは重本が相手のオフェンスを研究し、
練習で真似てプレーしたからだ。
対戦相手のコピーオフェンスが、ディフェンスの好調をもたらした。
チームの大事な勝利に貢献したのである。

《大学卒業後は…》
部活動と平行して、自分の今後の生き方も考えていた。
東南アジアを訪れた際、日本で見られない光景を目の当たりにした。
クリスマスの日、銀行の出口でお金を乞うために待ち続ける子ども達。なぜこのようなことが起きているのか、疑問だった。

キーワードは「教育」だと思った。

正しい教育を受けて自立する術を学ぶ必要がある。
教員として、「教育」を、自分の「思い」を伝えることに迷いはなかった。「しかし、1年で多くても40人の子どもにしかそれは伝えられないのではないか。」
「もっと多くの子ども達に影響をもたらす方法はないのか。」
重本は考え始めた。

「経営者」を変える。そのビジョンを持つ会社に就職する。
経営者が変われば、社員が変わる。
社員には家庭がある。その子ども達に伝播する。そう考えた。

《その先に…》
いつか日体大アメフト部に戻り、
そこで学んだ「組織改革」を担って欲しいと思っている。
重本にしかない目線で、正しい組織を創って行く。
いつか一緒に、そんな風に関われる日を楽しみにしている。

組織には様々な役割がある。
与えられるのを待つのではなく、自ら担い、責任を果たしていく。
アメフトにおいて、最も大切なことはチームの勝利だ。
フィールドでプレーすることだけが役割ではない。
スマートなチームになるには、
彼のような存在が必要だと我々は考える。

我こそはと思う、君の入部を待つ。

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2016年度 卒業生のこれから①

日本体育大学 トライアンファントライオン
第58期主将
北詰 修三 【Shuzo Kitadume】 #10
体育学部 体育学科 競技スポーツ領域 4年生 日体荏原高校出身

#10RB北詰02

「当たり前のことができるチーム」

それが修三が目指したチームだった。
当たり前に行う事はプレーだけではない。
話を聞くときは顔を見る、ドリンクボトルを投げない、集散は素早く。
トレーナーやマネジャーがいて当たり前という考えはやめる。

「当たり前」が、意外とできない。
「当たり前」を、4年生で共有して徹底する。そこからスタートした。

しかし、シーズンが進むにつれて、4年生間に多少の温度差が生まれた。下級生から4年生の統一感の無さを指摘される。
自分にできることは、何度も同じことを言葉し、
そして率先して行動し続けることだった。

しかし自分だけ変われば良いわけではない。
チーム全員が変わらなければ、結果は変わらない。

 

《主将であること》
#10RB北詰01
プレーヤーとして、良いプレーができていない。
チームの結果も出ないとき、自分の信念を疑うようになる。
入替え戦が決まったとき、先輩から連絡があり食事をした。
ありのままの自分を伝えた。すると、

「自分自身の軸を曲げたら負けだぞ。それを言葉に出し続けろ。
何を悩んでいるんだ?決めたことをやり続ければいいだけ。
そこで自分が負けたらチームがぶれるぞ。」

視界が晴れた気がした。何を悩んでいたのかと思うくらいに。

《プレーヤーであること》
#10RB北詰04

初戦8日前に肘を怪我して、自身の目標を見失った。
その状態を引きずって試合に入ってしまった。
今思うと、悪いことを肘のせいにしていた。逃げ道を作っていた。
チーム状態を考慮し、自身のポジションの変更もあった。
チームの為と受入れるものの、消化不良は拭えない。
チームが負けているのは自分が走れていないからだと思い始めた。

そんなとき下級生が「諦めないでください」と言ってくれた。
「修三さんが入ると全然違う」と言ってくれた。

主将としての取り組み、それまでの取り組みを見てくれて、
後輩や仲間が信じてくれていたのだと思う。

そこから迷いがなくなった。

振り返ると、自分が迷い、悩んでいるときに必ず仲間が手を差し伸べてくれた。それが卒業した先輩だったり、後輩だったり、みんなが助けてくれた。
修三の意思や姿勢、行動を見ているから、知っているから引き寄せているのだと思う。
結果にはつながらなかった。しかし決して誤ってはいない。
#10RB北詰05

《卒業後は…》

同じポジションに日本代表を擁する社会人強豪チームでプレーする。
練習に参加した際、プレースタイルの違いに戸惑うものの、
むしろこういう世界があることに嬉しくなった。
「こんなにボールを持っていて良いんだ。」もっと行けると感じた。
今までにない視界と選択肢の多さにワクワクしている。

チームも個人も結果を残すことができなかった。
それを受け入れて、自身の成長のためにプレーできる修三のこれからが楽しみでもある。

結果をチームで残せば、日本代表は近づく。
答えはシンプル。

やるか、やらないか。

#10RB北詰03

 

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2015年度卒業生のこれから③

日本体育大学 トライアンファントライオン
2015年度卒業生 山本 龍太郎【Ryutaro YAMAMOTO】 #6
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《アメフトが好きではなかった》

山本が日本体育大学へ進学したのは
「姉妹校だったし、なんとなく」だった。

高校までは野球をやっていた。
だが大学では部活に所属しようとすら考えていなかった。

入学後、周囲の同級生が部活に入っていて、
日体大生として部活に入らなければと思うようになる。
偶然見つけた高校の先輩に何部が良いか聞いてみると、
大学からアメフトを始めた人の存在を知るようになる。
自分にもできるのではないか?そう思い始めていた。

入部を決めた理由は、
「ヘルメットや防具が格好いいから。」
そんな動機で入部した。

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いざ入部してヘルメット越しでHIT(相手とぶつかること)してみると
予想以上の衝撃で戸惑った。
更にルールもわからない。1年生としての仕事も多い。
辛かった。辞めたいと思っていた。

野球を10数年やったのに、アメフトは1年で辞める。
なぜだろうと考えた。野球は好きだったから辞めなかった。
だがアメフトは好きではない。という自分がいた。

アメフトを好きになろうと試合を無理して見るようにした。
好きな選手を探したり、アメフトを好きになるよう行動してみた。

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たくさん試合を見たことで、山本に変化が起きた。
上手くプレーしている自分がイメージできるようになり、
2年生になったときには、今までできなかった動きが
徐々にできるようになった。面白くなってきた。

2年生から試合への出場機会を得られるようになり、
3年時にはキックカバーリーダー、
4年の時はポジションリーダーになる。

「練習は毎日同じことをするというイメージだが、
ただやるのだけでなく、1つ1つの練習で意識するポイントを伝えて、
より良い練習ができるように心がけていた。」

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しばらくすると、アメフト未経験の後輩が入部してくるようになる。
山本は、自身の入部当時を思い出して後輩の指導に当たる。
「推薦入学組(アメフト経験者)からは専門用語が次々出てきて、
よく分からなかった。
自分はわかりやすい言葉を使って説明をするように心がけた。」

自分も競技未経験という立場からスタートし、
競技未経験の先輩から教わった経験が活きた瞬間だった。

 

《自分が上手くなることより、チームが勝つために》
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「3年生までは自分が上手くなるためにやっていた気がする。
自分が活躍できればいいと思っていた。4年になると、意識が変わる。
チームが勝つために考えて発言したり、
チームを勝たせるプレーを意識するようになった。」

3年時に務めたキックカバーリーダー。
自分以外の人間をマネジメントする難しさを学んだ。
メンバーがちゃんと動いてくれるか?メンバーは揃っているか?
自分のプレー以外の不安を感じるようになった。

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最終学年、自分が思い描いていた活躍はできなかった。
トライアウトを経て4月からはXリーグ(社会人リーグ)の強豪
オービックシーガルズの門を叩く。

自分と同じポジションから日本代表を一番多く輩出しているチーム。
その環境で自分を試す。

もっと上手くなりたい。

学生時代、日本一のチームでプレーしたことがない。
レベルの高い環境でプレーしてみたい。
まだロースターに残れる保証はない。
だが山本の勝負は既に始まっている。

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《後輩へ》

「リーダーを経験したこと、試合に出たこと、
怪我をしなかったことが上手くなる近道だった。
練習以外の時間でアメフトを好きになる。
ストレッチをしたり、食事やトレーニングの時間といった日常を、
どれだけアメフトに注げるかが大事だと思う。」

全てを犠牲にしてでも、今しかできないことに注力する。

もう一度大学に入ってもアメフトをやりたい。今ではそう思っている。

 

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2015年度卒業生のこれから②

日本体育大学 トライアンファントライオン
2015年度副将 中根 哲哉 【Tetsuya NAKANE】 #80
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《競い合う環境を求めて》

体育教師を目指して、日本体育大学へ入学。

高校まで陸上競技部に所属し投擲に打ち込む。
試合に勝った時は嬉しいけれども、個人競技なので
喜びを誰かと共有する機会は少なかった。

陸上競技部は人数が少なかったので競う相手がおらず、
ひとりで黙々と練習をしていた。
他の部活を見ていて、練習中から競い合う、
互いに高め合うという環境に憧れていた。
「勝った時にみんなで喜べる」そういう環境を求めていた。

高校時代にラグビーを少しやったことがある。
人数が足りない時に助っ人で練習試合に出たこともある。
これをきっかけに「大学に入ったらラグビーかアメフトをやってみたい」そう思うようになる。
そしてアメフトの動画を見て「カッコイイ!!」と思って入部を決めた。

入学と同時に自らグラウンドに向かい、その場で入部した。

WR(ワイドレシーバー)という、
走りながらボールをキャッチするポジションを希望する。

同じポジションにライバルがいた。
既に推薦入学で入部したアメフト経験者もいた。
だが感じていたのは、
絶対に負けたくない。という事だった。

アメフト未経験の同期と
「推薦入学組よりも上手くなろう」
と誓い合った。しかし現実では、簡単に試合には出場できなかった。
「悔しい」「自分も活躍したい」
そういう感情が溢れている自分に気づく。

 

《リーダーとして》

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最終学年、オフェンスリーダーとなる。
3年までは役職に就いたことはなかった。
正直な所、確かに不安はあった。
しかしコーチから「自分にできることを一生懸命やるんだ」と言われた。

自分にできること。
チームの雰囲気を作る、練習で手を抜かない、声を出し続ける。
できることをやろうと決めた。

3年生までは自分のことを考えていた。
だけどリーダーになって周りに目を向けたら、
今まで見えなかったものが見えた。
リーダーになって人前で話せるようになった。
そんな機会や経験は、今まで無かった。
そして何十人という人間をまとめる難しさを体感した。

後輩からはコミュニケーションが取りやすいと言われていた。
それが自分の特徴だと思った。
後輩の意見も吸い上げ、みんなが発言しやすい環境作りも心がけた。

しかし、中根は今こう感じている。
「今振り返るとみんなの意見を尊重しすぎた。
周りを気にしすぎた。なぜか?嫌われたくなかったのだと思う。
もっと自分の意見を言えばよかった。
自分の思っていることは発信する。発信しなかったことを後悔している。たとえ間違っていても、チームを良くするためのヒントになるはず。」

 

《1play at a time》

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「1play at a time」
いつもオフェンスのスローガンを口に出し続けた。
勝っても負けても泣いていた。
持てる全てを出し切ったから自然と泣けたはず。
「後輩にはその気持ちを常に持ち続けて欲しい。」

最終学年、QB(ボールを投げるポジション)の同期が言った。
「中根を信じている。」
自分しか見ていない、自分を信じて投げ続けてくれた。

それが嬉しかった。

卒業後は、地元広島に帰って、非常勤講師をしながら教員を目指す。25歳までに教員になる。
アメフトで経験できたこと、学んだことを子供達に伝えていきたい。
今、広島にはアメフト部がある高校が2校しかない。
いつか地元で自分がアメフト部を創設する。

広島にアメフト部のある高校が3校目になる日は、そう遠くない。

 

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