卒業生のこれから③

2014年度卒業生  永野 翔也 【Syouya NAGANO】 #17

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未経験で入部し、2年時にはU-19日本代表(19歳以下日本代表)に選出される。類稀な運動能力を発揮し2年時からスターター。4年時にはポジションリーダーを務めた。

輝かしい選手としての成績とともに、自身の夢も実現した。

高校球児だった永野は高校の監督に勧められてアメフトに興味を持った。周りにアメフト部はなくいろいろと調べていくと、日体大アメフト部は競技未経験でも始められる事を知り、直感的にやりたいと思った。たまたま監督と日体大アメフト部のコーチがつながっていて、推薦の話をいただく。

これも縁なのだろうか。

父も日体大に進み陸上部に所属。しかし本当はアメフトをやりたかったことを聞く。陸上の推薦で入学した以上、他の部に入ることはできなかった。

偶然にも監督の一声で父親が進みたかった道へ進むことになる。

 

そして高校を卒業したときから公務員になりたいという気持ちが芽生えていた。

父親が警察官であったことも少なからず影響があった。

日体大を卒業後、公務員になることを漠然と描きながら、アメフトに没頭していく。

 

3年生の夏、ひとつ上の先輩の池川が警察官の試験に合格した。
(写真#4 池川)
池川 (3)

自分も同じ道を歩みたい。しかしシーズンがこれから始まろうとしているタイミングで勉強に割く時間を上手く作れないでいた。焦りだけが膨らんでいった。

池川も3年のシーズン後から準備を始めた。自分もできる。そう思い込んだ。

池川からもらった参考書は永野が背番号を譲り受けた、3つ上の先輩、ナミトさん(現在消防士)から受け継がれたものだった。

 

大学の学生支援センターの職員の指導を受けたり、池川から勉強方法を教わりながら少しずつ受け継いだ参考書をベースに勉強する時間を作り見事現役で合格する。

父と同じ警察官の道に進む。

 

「面接ではアメフトをしていたことでチームワーク、協調性を自分の体験から話すことができた。試合など大舞台を経験しているから、それに比べると緊張はしなかった。

日本一は成し得なかったが、やり抜いていること、どんな状況でも打開して諦めない。這い上がる。そういうポイントは伝えたし、届いたかと思う。」

 

受け継がれてきた参考書は誰の手に渡るのか。

 

それはあなたかもしれない。

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卒業生のこれから②

2014年度卒業生  田中 大智 【Daichi TANAKA】 #34

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体育の教員になりたいと思って日体大に入った。母校のアメフト部からは初めて日体大のアメフト部に入ることになった。母校の先生が日体大の出身で、その先生の熱い言葉の影響が強い。

 

しかし、1年目は部活で精一杯で自分の将来のことを考える余裕がなかった。

2年生になって改めて体育の教員を考え始めた時にある人の
「教師になるのではなく、教師という生き方を選べ」という言葉が突き刺さった。

その言葉は当時の自分にはとても重かった。

振り返るとそのときは部活を指導したいだけで、自分の生き方や子供の人生に関わることに覚悟を持てず、中途半端な気持ちだったことに気づく。

やりたかったのは先生ではなくコーチだったのではないか?と思い直す。

もやもやした気持ちを持ちながら、その思いを打ち消すようにアメフトにのめり込んだ。

3年生になるとキックカバーのリーダーを任される。

それまでは言われたことをただこなすだけだったが、リーダーに任命されることで責任・使命感をもって練習、試合に望むようになった。自分の判断がチームの勝敗を左右する。チームを動かす一躍を担っているという実感を持てる喜びは、今まで感じたことがなかった。

 

4年生が引退して、また自分の将来を不安に思うようになる。

周りと同じように就職活動を始め、知っている企業の情報を収集する。自分は何がしたいのか?分からないまま目の前にある説明会に参加する日々が続く。

しかし就活を通じていろいろな企業の話を聞いて、少しずつ見えてきたことがある。

 

『自分がやるという仕事になったときに、誇れる仕事に就きたい。自分の仕事の魅力を他の人に自信を持って伝えられる、そういう仕事をしたい。』

 

軸が定まってから就活は進んだ。

 

知らない企業でもその商品に誇りを持っている企業であれば、興味を持ち、エントリーした。

 

そんな中、真珠を加工、販売する会社に出会う。説明会では社員の話す姿勢から思いが伝わってきた。自社の製品が好きだ、紹介したい、本物を伝えたいという思いが。そして海外での評価が高く、日本の企業なのに海外で認められていることを知る。

4月の終わりに1社内定をもらい、教育実習を挟んで6月の中旬に合わせて3社の内定を得て最終的にこの会社に決めた。

アメフト部では就職活動を優先させてくれた。

チームのリーダーとして、4年生として、選手として焦りや不安もあった。

「チームメイトに迷惑をかけていないか?」

本当に必要でいきたいと思える企業以外には行かない。一度に多くの情報を得られる合同就職説明会などに参加し、効率良く就職活動を行った。

今後の自分の人生だから、ここと決めた選考には自分なりに覚悟を持って臨んだ。

 

練習も就活も全力。そのおかげか、結果的に就職活動をとやかく言う者もいなかった。

 

アメフトで学んだことが就活でどう生きたかを聞いてみた。

「2つある。ひとつは人として当たり前のことが身につけたこと。1年生の時に厳しく指導してくれた先輩に今では感謝している。

時間に遅れない、挨拶、言葉遣い、気配りなど高校のとき以上に叩き込まれ、今では当たり前にできるようになった。

もうひとつはリーダシップを学べた。リーダーを任せられたことで、自分の中でも責任感、使命感が芽生えた。人前で話すことも多く、どうやったら皆に伝わるかも考えた。」

社会に出て、クラブチームでアメフトを続けることも考えている。

常に目標を持って全力で取り組む大智であり続けて欲しい。

そして、彼の背中を追う後輩が続くことが楽しみでもある。
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卒業生のこれから①

日本体育大学 トライアンファントライオン

2014年度 主将  池田 宇宙 【Takahiro Ikeda】 #44

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アメフト未経験ながら主将としてチームを牽引。

どんな1年だったか、そしてこれからどう生きていくのかを聞いてみた。

 

 

キャプテンとして今まで日体大にない自主性を出させる環境を作った。

そして自主性の難しさを痛感した。

今までは「強制」という言葉の方が近いチームだったと思う。むしろ強制の方が楽だと感じた。でもそれでは面白くない。そう思っていた。

 

春シーズンにグループディスカッションをしたり、学年ミーティングを多く行ったりと例年以上に上下関係なく個人が話す機会を作ってきた。その結果全員が話せるようになってきたし、聞けば自分の考えは出てくるようになってきた。

しかしチーム内には意識の差が歴然と見受けられる。

常に試合に出ていて、チームを勝たせたいと思う層と、チームにぶら下がっている層との意識の差を埋めることがなかなかできなかった。

 

全員が同じ方向を向けば、全員が同じ意識を持てば、このチームは強くなる。

昨シーズン勝ち切れなかった理由はここにあると思っている。

だからこそ、伊田(新主将)にはこのスタンスを継続して欲しい。

 

短期間でチームを変えるのは難しい。そう実感した1年だった。

 

プレーヤーとしては面白かった1年だった。

初めてのポジション。全部が初めて。社会人の先輩から教えを請えたり、自分なりに試行錯誤して、アメフトの知識を増やすことができたシーズンだった。上位校の選手ともやれるという実感も得た。まだまだ上手くなる。そう信じている。

そして春からは実業団チームに入る。そのチームは社会人チームとしてはまだ強くはない。練習に参加しているが、強くするという強い意志を持った先輩がいたことが嬉しかった。

先日日本一になった富士通フロンティアーズにいる日体大OBから話を聞く機会があった。言葉の端々に「日本代表」という言葉が出てくる。

普通の会話に「日本代表」という言葉が出てくる環境。特別ではなくそれが普通なのだ。やるからには上を目指したい。誰にでも「日本代表」になるチャンスはある。

 

様々な刺激が池田の成長を加速させる。

昨シーズン発揮したリーダシップを次のチームでも発揮し、刺激を与える存在であり続けて欲しいと願う。

アメフトが楽しい。もっと上手くなりたい。勝ちたい。この欲望は誰よりも強い選手だからこそ、いつまでも求め続けて欲しい。

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(写真右 #44池田)

 

そうだ、筋トレしよう

アメリカンフットボールには体作りが重要。
そこで、トレーナーがトレーニングをサポートします。
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コンタクトプレーが多いこのスポーツでは
体作りは超重要。

入学時に体の線が細めでも、1年(早い人は3ヶ月)経つ頃には
「お前、何があったんだ」という体になる人もいます。

一人ではつらいことも、チームだと超えられるから不思議。
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アツいハートを持った選手を

そんな選手を育て上げるトレーナーを

そんなチームを束ねるマネージャーを

我々は待ってます。
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競技未経験でも…

「高校でフットボールをやっていなかったから不安。」
「自分では大学の練習についていけないのではないか。」
そんな心配は全く必要ない。必要なのは、この男の様な熱い気持ちだ。

 #39 瀧井一真 【Kazuma Takii】
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父親は日体大出身の教員。
体育の教師になるために日体大に入学した。
高校までは、ずっと野球をやっていた。

「入学前は、アメフト部か他のなんらかの部に入ることを考えていました。将来、教師を職業にする上ではダンスができた方が有利かな?と考えてそれらに特化した部に入ろうと思いました。しかし新しい競技にチャレンジしたいという思いからアメフトを選びました。

アメフト部は関東学生アメリカンフットボールリーグTOP8に所属し、上を目指せることに惹かれたのも大きいです。その環境で戦う強い人間と切磋琢磨することで、自分が成長できると思ったので入部を決めました。」

 

予備校で同じクラスの友人がアメフト経験者で、一緒にプレーしたいと思ったのも、入部を決意した要因のひとつだ。
彼のプレーするポジションを聞いて調べてみると、次第に興味を持った。そして自分も同じポジションでプレーすることを選んだ。

初心者が入部していいものなのか?体育大学なので部内での上下関係が厳しいのでは?

不安は大きかった。

しかし今、瀧井はこう振り返る。

「先輩の雰囲気が自分の想像していたものと違ったので驚いた。想像していたより気さくな人が多かった。上下関係が全く無いとまでは言わないが、分からないことは教えてあげようという先輩が多く、ここでなら続けられると思いました。何もできない自分に対して、先輩が練習後に時間を割いて1対1でアドバイスをしてくれたこともありました。」

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瀧井の3年目、2015シーズン。

実力をつけて、チームを引っ張っていけるような存在になりたい。

そして新入生に伝えたいことはひとつ。

「不安なこと、分からないことがあれば答えられるように勉強しています。優しく教えるので、一度見学に来てみて下さい。
初心者でも大丈夫!一緒に成長しよう。」
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挑戦

新入生の君は、新たな大学生活に期待と希望を抱いている。同時に、期待と同じくらいの不安や、迷いも抱いているのではないだろうか。
それは先輩も同じだった。アメリカンフットボールを全く知らなかった者も大勢いた。ゼロからのスタートを切った先輩は、不安や迷いにどう立ち向かったのか。

#69 赤澤 謙介【Kensuke AKAZAWA】
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中学・高校と陸上部に所属していた。種目は円盤投げ。
大学進学にあたりアメリカンフットボール部のセレクションがあることを他校の先生から紹介され、もともとチームスポーツに興味を持っていたこともあり、セレクションを受けたのがアメフトとの出会い。

大学では新しいスポーツにチャレンジしたいと思っていた。そんな中、良いタイミングでアメフトと出会った。

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入部当初は不安だった。
「そもそもルールが分からなかったし、最初に『ラインバッカー』という守備全体を動かしまとめるポジションを選んだ為、覚えることが多く頭がゴチャゴチャになってしまった。でも一気に全てを覚えるのではなく、ルールは後から覚えれば良い。体の動かし方から覚えよう、体で吸収していこうと割り切った。そうすると目の前の一つのことに集中できて、良い結果がついてきた。」

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写真中央右白ジャージ:赤澤

秋季シーズン前には帰宅時間も遅くなり、思うようなプレーができなくてこのままアメフトを続けるべきか悩んだ時期もあった。
そんなツラいとき、同期の仲間が

「今を乗り越えれば絶対後が楽しい」

と声をかけてくれて、この仲間とこの壁を乗り越えようという気持ちになれた。

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写真右:赤澤

2年生になり、赤澤はフットボールに対する感じ方が変わった。
「ルールも理解し、キツかった時期を乗り越えたこともあり練習が楽しい。中学・高校時代には無かったみんなで喜べる楽しさ。自分だけでなく、チームが機能して勝利に繋がる時、チームメイトの良いプレーが出る時が嬉しい。試合にも出してもらえるようになり、今は一つの大きな責任も感じている。」

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2014シーズンは3年生となる。
「中学・高校とリーダーになったことがない自分がポジションリーダーになった。個人の能力を伸ばしたいという思いもあるが、それだけでなく後輩や周囲に細かく目を配りながらチームの勝利に貢献したいと思う。
どのようにリーダーシップをとっていくのか、試行錯誤の途中だが、自分の考えに後輩がついてきてくれているのが嬉しい。
今まで経験したことのない新しい発見であり、自分が成長できる分野でもあると実感している」

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赤澤が新入生へ伝えたいこと。

「何もわからない状態からでも、必死に取り組んだら2年生からレギュラーとして試合に出られた。大学でもう一度頑張りたいという人にぜひ来てもらいたい。
そんな人と一緒にプレーしたい。

自分次第でチャンスは掴める環境がある。」

 

チャンスをつかめ。自分の手で。

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analyzing staff

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analyze

音節an・a・lyze 発音記号/ˈænəlὰɪz/ 【動詞】 【他動詞】

分析する、分析的に検討する

アナライジングスタッフとは、戦術分析隊です。
試合のビデオを見ながら自分たちが如何にして勝つか、
戦略を練ります。

「あのチームのここを攻めよう」
「このチームからはここを守ろう」

分析するのが好きな人。
勝利への道を作り出すのが得意な人。
指示を出すのが好きな人。
諸葛孔明が好きな人。
そうでもないけど興味がある人。

ルールや作戦がわからなくても大丈夫。
そんな人はたくさんいたんですから。

やるもやらぬも君しだい、
チームを勝利に導く羅針盤。
それがアナライジングスタッフなんです。

 

 

CONFIDENCE

激しいコンタクトプレーの中で戦う選手。その選手は一人で戦う訳では無い。その強靱な体と精神を築き上げるのは、トレーナーである。

#TR 木村子龍【Shiryu Kimura】

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高校の頃から体を動かすことが好きで、将来はスポーツトレーナーになりたいと思い日体大に一般受験で入学した。

入学前のボンヤリとした考えでは、「スポーツジムのトレーナー」より、スポーツチームのトレーナー」になりたいと考えていた。

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子龍:写真右

だから入学後はトレーナーについて学べるクラブや社会人のクラブチームで経験を積もうと考えていたところ、同じクラスのアメリカンフットボール部員に声をかけられ、全く興味の無かったアメリカンフットボール部に興味を持つようになる。

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何度か見た試合で、「怪我が多そうなスポーツだな」と思い、トレーナーとして良い経験が積めると感じて入部を決意した。

1年目から選手のテーピングを巻く準備を始め練習を積んだ。実際にフィールドでプレーする選手に巻いたりもした。

練習中は怪我の対応とリハビリ、練習の最後を飾るラントレーニングのメニュー作成、練習後は選手のケアをするなど、努力を重ねて即戦力としてチームと関わった。

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トレーナーの経験が不足していたため、時に4年生から厳しい言葉を浴びることもあったが、時に同級生から感謝の言葉をもらうことが最高のモチベーションとなる。

 

2年生になり、自分が判断・指示を出すことも増え、充実感を味わいながら1シーズンを戦うことができた。この時、学年やポジションに関係なく、誰にでも同じ対応をすることが自然にできていることに気付く。
どの選手にも同じ目線で話をする、話を聞くことで選手との信頼関係を築き上げる。いつの間にか身につけていることだった。

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今年冬のオフシーズンはある選手から相談を持ちかけられた。
「足を速くするためにどうしたらいいか?」
自分を頼ってくれることが嬉しくて、パソコンを開きPowerPointで20ページに渡る資料を作成し、その選手にプレゼンをした。

走り方、走るのに必要な筋肉とその鍛え方、食事・サプリメントの取り方、そのタイミング・・・。
彼は真摯に受入れ、すぐに行動を開始し、このオフシーズンを通して継続してくれた。シーズンが始まり、チームメイトも驚くほどに、彼の走りは変化した。
彼がさらに活躍してくれたら、何にも変えられないくらい嬉しいと思う。

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トレーナーという仕事で飯を食べて行くには、資格だけでなく人との繋がりや広い視野も必要であり、簡単では無いということが分かった。
まずは一人の社会人として自立し、その上でトレーナーとして選手と関わりたい。就業後や土日で活動する競技が現実的だと考える。

「せっかくなら、アメフトがいいかな。」

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たった2年でこれだけ経験できる機会はめったにないだろう。人として成長し、自分の将来も具体的になる。トレーナーを志すキミは子龍の後輩になることで見たことの無い世界を目の当たりにする。
そしてトレーナーになるためのひとつの大切なことに気がつく。
能力や経験よりも『いかに選手と信頼関係を築くか』という最も大切なことに。
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孤高のアスリート

自分の1プレーがチームの勝負を左右する。そのときの重圧は想像を超える。

その中で戦い続けた男は、この四年間に何を思ったのか。

 

#12 長尾 健 【Takeshi Nagao

長尾 (5)

キッカー【Kicker】というポジション

ボールを蹴る専門職。

フィールドで長尾がボールを蹴る瞬間、観客の目は長尾の脚から放たれるボールに目を奪われる。

ボールの行方は、誰にでも分かる「結果」となる。

その結果次第で時にチームメイトから賞賛され、時に罵倒される。

長尾 (4)

先輩に憧れて日体大を選ぶ。

単純にああいうキックを蹴りたいという先輩に憧れて入部した。
たくさんのことを教えてもらって「アメフトが上手くなりたい」ただそういう思いだけだった。

その先輩の指導が受けられると思っていたが、実際はその先輩が卒業し、グラウンドに来る機会は思ったほど無かった。

その分、自分で考えてやるしかなかった。専属のコーチもいない。練習方法も自分で考えた。

メールや電話でその先輩から教えを請う。インターネットの動画サイトで練習方法を調べたり、できることは何でもやった。自分の中の完璧を目指した。

長尾 (3)

アメフトが好きでも、出来ない人が身近にいた。

その人を思うと1日を大切に過ごそうと考えるようになった。適当に練習をしていた自分から脱却。
練習では内容にこだわり、試合では結果を求めた。

3年の春には競技継続を考えるようになる。

理由はフットボール以外にやりたいことが見えてこなかったから。

就職活動を周りの学生と同じように行った。自分が何に向いているのかを自分なりに考えた。
アメフトのシステムやサインを考えるのが好きで、IT企業も受けた。

「自分で目標を立てて、その目標を達成するために行動することができる」
そういう自分にたどり着き、営業職としてアメフトチームを持つ希望会社の関連会社に内定をいただいた。

長尾 (2)

大学4年間で長尾は何を学んだのか。

『精神的にタフになれたと思う。ポジション柄、結果だけを求められることをやってきた。追い込まれることに慣れた。そういうときこそ、自分がやってきたことを信じて、やり抜く。
その中で常に自分のプレースタイルを貫き通し、結果を得られたときに達成感を感じた。
コツコツ積み重ねてきた事が自信になって、辛い場面でも自信を持って力を出し切れることを学んだ。この「コツコツ」の深さ、重みが自分を助けてくれる事を学んだ。』

長尾

長尾の歩む道。

ライスボウル(アメリカンフットボール日本選手権)を4連覇しているチームに春から入団する。

『自分が経験をしたことがない、『日本一』になりたい。個人的にはハイパフォーマンスを発揮し続けて、日本代表に安定して選ばれる選手になりたい。アメリカに行って、NFLでプレーしたいという気持ちが強くなった。最終的にはNFLでプレーしたい。』

日本人で初めてNFLのチームと契約する選手は、長尾かもしれない。

 

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背中で語る男

4年後、自分が大学を卒業するときを想像してほしい。

こういう男になるか否か。

今年チームを支えた選手に、ちょうどこんな先輩がいた。

 

#23 山口 浩紀【Hiroki Yamaguchi】

浩紀 (2)

浩紀は話す。

「高校を卒業して消防士になろうと思っていたが、大学でアメフトをやりたいとも思っていたので、アメフトをしつつ消防士を目指せる日体大を選んだ。」

就職活動を始めるまでは消防士になろうと思っていたが、心のどこかで社会人でアメフトをしたいと思っていた。

そんなとき、コーチからアメフトチームを持つ会社を紹介された。

アメフトを続けられる環境があるのであれば、続けると決めた。

三人
写真上段左 #23 山口

就職活動では、
「志望動機、自己PRなどの文章をまとめたり、言葉遣いを社会人向けに直すことなど難しいことも多かった。自分がやってきたことを振り返り、自分がその会社で何がしたいのか?を自答自問すると、アメフトのことばかりが溢れてきた。アメフトをしていなければ、薄っぺらい内容になってたかもしれない。アメフトがあったから濃い4年間になった。自分の人生経験が豊富になった。」

 

4年次にはディフェンスリーダーとしてチームを牽引した。

「チームスポーツだからこそ、上級生・下級生がいる。そこをうまくまとめるために、自分がどうするのかを考えた。最上級生になったときは下級生をどうまとめるか、どう納得して動いてもらうかを考えた。そのためには練習を誰よりも厳しくやると決めた。人に言うことも大事だが、言うよりも自ら率先してトップを目指す姿勢を貫いた。1年間やり抜いたという自信がある。」

リーダーとして責任を負うことでさらに自身を成長させた。

浩紀

卒業後について、

「社会人になって1年目で試合に出ることが目標。結果を残さないと試合に出られないし、1年目から主力と思われる選手になりたい。チーム内だけでなく、リーグ全体で評価される選手になりたい。」

自分自身の成長を懸けた大学生活は終わった。

しかし浩紀の次のシーズンはすでに始まっている。

君はこの4年間に何を懸けるか。

 

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